認定コース参加者の声

この四日間、すごくあっという間で、いろんな背景を持つ方とお話できたことが、みなさんの目指していく道と言うか、その先は結構手段は違えど、チネイザンに辿り着いた経緯ですとか、学んでいくマインドとかをお話しできたことが凄く財産だなと思いました。

あとはこう、まだ入り口にやっと立ったばかりなので、このお腹の旅みたいなものを少しずつ皆さんと、ちょっとシェアしながら行けたらいいなと思います。楽しみです。ありがとうございました。

最初は自分の技術のためと思って、チネイザンをやりたいと、自分の成長のために、と思ってきたんですけど。なんか皆さんと関わっていく中で、なんかすごい人柄があって言うのも変な言い方ですけど、すごくなんか受け入れてくれる感じがあったりとか、何か知らない間に自分の本音を話してたりとか、なんかさまざまなほんとにね、まりちゃんが言ってたみたいに、背景がある中でここに辿り着けた事がすごく嬉しくて、技術だけじゃなくて技術だけがセラピストじゃないやなーっていうのが、もちろん先生方からもそうやし、なんかいろんなセラピストの方とか、いろんな人と触れ合うことで、よりなんか身にしみる、なんか本当に腑に落ちた体に吸収されたなーっていうのがあったので、もうほんっとうに来て、めちゃくちゃ楽しかったです。ありがとうございました。これからもお願いします。

私も技術を学びに来たんですけど、技術以上の学びの方がすごく大きくて、本当にこの場に来て良かったなっていう、本当に感謝というか、ありがとうございます。ありがとうございます。

私も最初チネイザンっていうマッサージに興味を持って、まにさんに声をかけて頂いて、知って参加したんですけど、なんか実際来たらマッサージ以外のことの学びがすごい多くって、何かあの知ってる方はいると思うんですけど、私去年ちょっと進行癌になってしまって、手術して抗がん剤して、なんかもしかしたらもう10年後とかも生きてないかもしれないっていう状態で、で、そんな状態だけどなんかここに来たことによって、なんかなんだろう病気になったこともここに来られるきっかけだったから、すごい病気になったこと自体も肯定できるぐらい、ここに来て良かったなって思いました。ありがとうございました。

6年とか7年ぶり?の再受講で。

それまで過去に習ったことで積み上げてきたことを持ちながら、やっぱりマンタクチアさんの話を聞くと、進化してるところがすごいあったりとか、あとオンラインでね、真上から画面が見えるから、何かタオガーデン に行って見るよりも、すごいなんか間近で見せてもらえたような感じもして、すごいね学べることが多かったなと思っているし、本当にみなさんもおっしゃってる通り、もう素敵な方揃いで、もう本当に来て、家でZoomじゃなくて、来て受講できて良かったなと思ってるし、まゆちゃんにも、ねえ、あの示し合わせてきた訳じゃなくて、来たら、いて。嬉しいなっていう。 そういう回で本当にありがとうございました。

今回すごく嬉しかったのは、試験を受けさせていただくにあたって、いろんな方がすごく声をかけてくれて、沢山こう温かい言葉をいっぱい頂いて、受かった時もすごいみんなが涙を流して喜んでくださる方も沢山いて、それがすごく自分以上にすごく嬉しかったし、すごい感謝でいっぱいでしたし、先輩、先生方とか先輩方とか、ニューカマーの皆さんはもちろんなんですけど、すごく今回あの同期のメンバーもいろんな想いを共にして、すごく支えられたことだったり、あとあのダンスの時間。

 

なんか参加できたとこはすごく少なかったんですけど、その時にすごくダンス苦手なんですけど、家にあれぐらいの大きな鏡があって、自分で音楽かけてやってみたりするんですけども、本当にネタかなと思うぐらい、こう爆笑できるぐらいの感じで、ちょっとこうここまで入りきれないというか。でもすごくこう施術してると、すごい静の時間が多かったりとかするので、なんかその時間が続くと、なんとなくやっぱりこうやってダンスの時間が取れると、すごくなんか「私、こんにちは」じゃないですけど、すごいバランスが取れた感じがして、だから日常の中にもこういう時間がすごく持てると、すごくバランスが取れて、とってもなんというか楽になっていくというか、そんな感じがすごくしました。

 

タリカさんからもね、すごくアドバイス頂いて、本当になんというかこう、なんか普段の自分だったり内側に感じてる事とかそれが凄く施術を通して伝わったりとか、そういうのがあることをすごく今回感じることがすごく多くて、だから頂いたアドバイスからこう気持ちの中でやっぱちょっと一歩前に出てみようっていう気持ちで、そうですねそれがすごくいろんな学びがたくさんありました。はい。

 

なんか伝えたいことたくさんあるんですけど、なんかうーんって。はい、とにかく本当に皆さんに感謝で、今回来させていただいたことはすごくこれからの、また大きな一歩だったり、また一歩一歩頑張っていこうと思います。また皆さんどうぞ宜しくお願いします。ありがとうございます。

あー みんな私は今ここでこういう開放感と、こう人生はそうこう仕事は遊ぼうっていう気持ちになれてるけど、下にいる人達は本当その現実で生きてるから、その感覚っていうのは今ないんだなって、すごいギャップをそのメッセージ一通で感じてしまって。で、どうやってこれ帰ったら、この今の感じをシェアして彼女たちがどう感じてくれるかなあとか、どういう風にこれから盛り上げていくための遊び心を、みんなで出せるようになるかなっていうことを想像したりとかしてて。できたらこういう、あのまあチネイザンなり、リトリートなり何なりに、このワークに本当に引き入れたいって、すごく思ってしまって。

 

あの私あんまり入れたくない派なんだけど、でも入れたくない派なんだけど、でも何かこの感覚はやっぱり分かってもらわないと、楽しむ、何かどうしたらいいでしょう?売上今月目標達成どういう風にしてったらいいでしょうみたいな、こうカーッてグーッて狭まっちゃってるような、もっとさっきあの言ってたみたいに、自分が力んじゃっていたら、お客さんに良いセッションができないし、自分がこう力が抜けて脱力でフラットの状態だからこそ良いものができるのに、今の多分下界にいるスタッフ達はグーッて力が入っちゃってて、きっと良いセッションできないなって、こういう時間を本当に作ってもらいたいなとも思ったし、一緒に共有するのも楽しそうだなっていう気も、新しい気持ちが生まれてきて。

 

で、さっきサリちゃんの話の前に、自分の名前を通ったんですよ、で、パドマ・リーラでパドマは蓮の花で、リーラは神々の遊びっていう、戯れとかそういう意味があるってすごい良いお名前をいただいて、やっぱり遊ぶっていうこととか、戯れるというか、ちょっとこう名前をふっと思い出すとそこに戻るんだけど、そうだってなるんだけど、忘れちゃう瞬間とかも、やっぱりまだあって、そうするとワーッと凝り固まった思考とか、自分のエゴがすごく出てきちゃって、そういう風に生きれてないと思って、でもやっぱり名前を思い出したりとか、ダイナミック瞑想したりすると、その自分の本来の生き方こういう風に生きていきたい、ありたいなと思ってるところがワーッて出てきたので、それをちょっと今すごいここにふわーって浮かんでいるから大事に抱えて、東京に帰りたいなって思っていて。

 

あと今日最後のダンスの曲が私大好きなんですよ、あの太鼓の音っていうかパーカッションの音を聞くと、全然すごいうわーって明るい曲なのに、涙が出てたまらなくって、本当にハートに響くんですよね、あの音が、で、前も泣いてて、あれが掛かると、本当に泣くんですよ、ワーッてすごい響くんですよ、胸に。

 

だから、その感覚も、何か鼓動にバシバシくるビートをハートビートをバックハートからの挟み撃ちのワーッていう感覚をここに入れて、あったかいものをここに入れて、昨日そうタリカさんが第1チャクラ、会陰をトレーニングすると、そのお金のところも回ってくるっていうのも、アナンガランガの時もおっしゃってたんだけど、その時トレーニングして帰ったとき戻ったら、上手い具合に回るようになってた、そしたら昨日それを聞いてすごく意識してトレーニングしてみてたら、ずっと降りなかった休業協力金の申請の審査が降りたんですよ。ミラクルと思って。

 

だから、本当にやっぱ会陰って本当に大事だと、本当に、これ二回続いているから本当だなって思って。本当トレーニングして行きたいなって思うし、みなさんにもオススメします。

 

ちゃんとやった大事に大事に、ここで吸収したことを持ち帰りたいなと思ってます。本当にありがとうございました。

いやー 今日のダイナミック瞑想終わっての、自分の足裏が地面を捉えている様子がよく分かるし、何だっけ? 鉄布衫功(てっぷざんこう)をやった時の、自分がちゃんと木になってるような感じの、ちゃんと足ついて、根を張って、成長していける、伸びていけるなーっていう感覚があって、何か普段から確かにグランディング意識して仕事もしてたけど、相手が病んでいるから、グランディング意識してても、その人の精神状態に引っ張られちゃうから、今日のこのグランディング出来た感覚が普段でも出てたら、多分全然ブレないだろうし、多分相手方にもすごいそれが影響与えられるんじゃないかなと思うと、やっぱり人に触れる仕事の人のエネルギーの持ち方っていうか、何て言うかわかんないけど、そこすっごい大事なんだなっていうのは、チネイザン、この四泊五日で改めてまた実感しました。

 

大変なので、これはもうこのまま降りて、下界に降りていきますっていう宣言です。

ありがとうございました。

さっきっていうか、この前にダンスが終わって、お腹の上に頭を乗せてって言われた時に、ちょうどマニさんが横にいてはって、マニさんのお腹気持ちよかったから、頭乗させてもらおうと思ってたら、マニさんの頭がすーっとこっち向かってきて「あ、私が乗せるんや」と 思って。

 

まあでもそれもええかな〜?と思って、乗せてもらって、まあ何か手もマニさんの手が近くにあるんかなと思ってたら、すーってマニさんが手引いてくれはって、それで手を乗せてくれはったんですね。そしたら、ごめんなさい、すいません。すごい、その手が優しくて優しくて。すごい優しくて、温かくて、でも何か優しいのに、その何かずーっと奥の方はすごい力強い感じがして、本当に何か私がマニさんの頭を乗せてるのに、すごい私が何か守られているっていうか、逆にすごい乗せてもらってるような気分になって、すごいその何か優しさの中の強さっていうか。本当に、本当に優しさと強さ、何か優しさと強さって私何か別もんやと思ってたんですけど、そうじゃなくってすごいその何か優しさの奥にある強さみたいなものをすごく感じて、そしてすごい泣けてきて、それで泣けてきたら、お腹めっちゃ動くから、マニさんの頭もぽよんぽよんってなって、いやごめんなさいと思いながらも、止まらへんし、どうしようと思いながら、しばらくしたら、ちょっと収まってきたんですけれど。

 

何か、でも、本当に何ていうかな、何か優しさと強さと一緒やって、一緒やったんやなと思って、さっきのサリータの話から、私はサニヤシンじゃないけど、ヨガでスワミから名前を実際いただいていて、ジョティナていう名前なんですね。で、それの意味が、何かもう全然そんなことなんか、意味なんか忘れて普段生きていたんですけど、名前は結構ピカピカ光るっていう意味があるんですけど、もう一つドゥルガって言って、あのインドのヒンドゥーの女の神様なんですけど、すごい強い、すごい強い神様で。そう、虎かなんか出てくる神様で、私もまあサラスワティーみたいな、何かこう優雅な感じの神様の名前欲しいな思てたのに、何でこんな強い神様の名前なんやと思て、そのジョーティナっていうのは、そのドゥルガのあだ名っていうかニックネームらしいんですけど。

 

いや何かこんな強い感じの人の名前と思ってたけど、でも何かやっぱり強さと優しさって、何かすごい一緒、一緒っていうか、優しさがあるから強いし、強いから優しくできんねんなってすごい思って、私もその名前の通りに、そんな人になれたらいいなって思って、思いました。

 

今回ボティセッションしに来ようと思って、最初に言ってたけど、家に帰って、ちょっと本当に優しくできるんかなって、思いました。

 

ありがとうございました。

チネイザン、今回2の参加。オンラインでのレクチャー出て、最初から最後までの、本当にこう深い学びの中で、そのチネイザンの学び以外の時間も、こうやって初めての人も何回も一緒にいた人と集まれることを、上手く言えないんですけど、その1日のすごい豊かさを感じました。時間、時間のエネルギー、人のエネルギー。チネイザンのセッションをすることを、もちろんその、ものすごいそのお腹のエネルギーを感じるんです。

それがなんかもう、私はその簡単な言葉にすれば自然のエネルギーと思っているんですけど、四泊五日みなさんと過ごした、みなさんに対してもその自然なエネルギーを感じたんです。でもこれが今のこういう日常から切り離された環境にいてるからこぞ、ストンと入ってきて感じるんだけど、これが帰ってきて、今日帰るんですけど、帰ってからどうなるかなってのが自分で考えてます。自分の希望としては、この感覚は自分の居場所に戻っても、このまんまの感覚で持ち続けていたいと思っています。

本当に貴重な時間でした、ありがとうございました。

タリカ:

ありがとうございます。あれだよね、何度もこの経験を繰り返すんですよ。そして自分の中にそのこうミルフィーユのように、こう何ていうか積んでいく感じ。で、その度ごとに、違うものがやってくるんです。違うアウェアネスがやってきて、それが自分の成長になるし、自分の踏み台になるっていうかね、なるんですよ。

 

何回も繰り返してるうちに、何かもう全然違う世界に生きてることに、ハッてある日気づくみたいな。それはでもそんな感じな訳。だから私とかマニさんとかだってね、マニさんなんかね40年やってて、40年瞑想してて、やっぱりそうだと思うんですよね、きっとそのこう何度も積んで落ちて、やっぱりマスターチアがまさに、ね、やったーこれだーって思ってね、私たちもやったー今はこれだー覚えた! 教科書バッチリ、作ったよ新しく改定したよといって、ガラガラドッシャーンみたいな、ことが起こるんですよ。世間に帰ると。でもそうものなんですよ、人生って。それもまたよし。

 

それで私たちは、やっと気づきの種とか、自分がやったーと思って、私はもうこれで行けるーと思ったものが、またガラガラドッシャーンって世間に帰ってやられちゃうわけ、でもそれでいいんです。それでいいんです、また戻ってくる。また帰ってくるところが必要だよね。帰ってきて、もう一度自分を気づきの源にこう繋げていくっていうこと。それを重ねていって、そのガラガラドッシャーンがあって、もうチッて思って終わるみたいな。こうモーションが小さくなっていきます、段々ね。

 

私の頭ん中で、ちょっとこう色々お金の勘定してみたりとかね、色々何かあれいっぱいおかけたんだけどな、おかしいなとかさ、ある訳ですよ。でもさ、そういうの言ってもしょうがないんですよ、もうそうなっちゃったんだから。世間ってそういうものですよ、本当にそのさっきも言ったけど瞑想してたら、この状態を保ちたいとか、幸せの状態を保ちたいとか思っちゃうけど、でも常にそれは次に、次、次、次、次っていって、そこにこだわらずに私たちはずーっと動き続けることを通して、何かをきっと獲得するんだと思います。

 

それはね、やっぱりすごい事だと思ってるっていうかね、例えばクライアントさんとか、病気の人たちって、そこのステージにこだわり続ける、その何かにずーっとこう捕まり続けていると思うんですよ。私たちが動くことを自分が自分にさせていくことを通して、クライアントさんも動けることを助けてあげるわけ、私たちは。それも助けになるんです、自分が大きく一歩前進するっていうことが、そうすると本当に帰るとね、クライアントさんのレベルが変わったりとか、すごい大変なクライアントさんが、いつの間にかあれ?どうしたんですか?みたいな、そういう事が起こるんです。結局は、私たちは人の役に立ちたいと思うんだけど、でも結局そのためには自分を成長させなければ、どこへも行かないんだっていうところに、最終的にはたどり着く訳だよね。まあ、大変な仕事ですわ。

ありがとうございます。