チネイザンの歴史

マンタク・チア(謝 明徳)老師は、ヒーリング・タオ・システムの創設者であり、ニューヨークにあるヒーリング ・タオ・センターの理事である。マンタク・チアは、年少の頃より生命に対するアプローチ、なかでもタオにおけるそれを学んできた。この古代の知識に精通するに止まらず、他の修練も重ねた結果創始されたのが、今日、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、オーストラリア、タイおよび日本でも教えられている、ヒーリング・タオ・システムなのである。

マンタク・チアは中国人を両親に持ち、1944年タイで生まれた。6歳のとき、仏教僧から座して「心を静める法」を教わる。中学生の頃、初めて伝統的なタイ式ボクシングを習得。次いで、ルー老師から太極拳を学ぶ。同師からはまた、合気道、ヨガを紹介され、さらに太極拳の奥義をも教授される。その後、香港で学生時代を過ごしたが、当時は陸上競技に抜きんでていた。その当時、チェン・ススという上級生から、初めて師事することになるタオの老師、イ・エン師を紹介される。この時から、タオイストとしての生き方の研究がスタートしたのである。

 

小周天を通してのエネルギー循環法を学び、さらには五行帰一の修練を積んでいくことで、その他の奇経の六経脈の開通法も修得する。タオの内丹術をさらに学び研究するにつれ、吹離打座判、五官の封印、天地交矯叫、天人の再融合を次々に学んでいった。謝老師を教育者および治療者として育て上げたのは、他でもないこのイ・エン師である。

 

20代前半、マンタク・チア青年はシンガポールのメウギ師に師事したが、同師は彼にクンダリーニヨガやタオの諸修行法、そして仏家の掌法を教えた。瞬く聞に謝青年は、自分の体内のエネルギーの流れを妨げている障害物を取り除くことができるようになった。彼はまた、自分の手を通して生命力を送ることを学び、メウギ師の患者を治療するまでになる。次いで、タイのムイ・イムワタッタナ博士からは、気内臓を修得した。その後、チェン・ヤオーラン師に師事、少林・内勤法"を同師から伝授される。

 

加えて「洗髄経」として知られる内臓、腺、骨髄の訓練、そして「易筋経」として知られる修練の奥義も、ヤオラン師から学ぶ。チェン・ヤオーラン師のシステムは、タイ式ボクシングとカンフーとを取り合わせたものであった。この時期、パン・ユ師にも師事。同師のシステムは、タオイスト、仏教、禅の教義を組み合わせたものだった。また男女間の陰と陽のカの交換について、さらには「鋼鉄の身体(鉄布)」の作り方もパン・ユ師から学んでいる。ヒーリング、エネルギーの背後にあるメカニズムを深く理解するため、マンタク・チアは2年問、西洋医学と解剖学を学んだ。しかし勉学にいそしむ一方、オフィス機器メーカ一、ジェステトナ一社のマネージャーとしても活躍、オフセット印刷とコピー機の技術に精通するようになる。タオイズムの知識を他の教えと統合させ、謝老師はヒーリング・タオ・システムを教え始めた。やがて、この知識を広めようと他の教師を育成し、タイにナチュラル・ヒーリング・センターを設立。その5年後には、ニューヨークへの進出を決め、1979年に同地にヒーリング・タオ・センターを創設した。

タオとは何か、それを指し示すことも把握することも生易しいことではなかった。しかし、古代の人々は、そこから生じる原初の力を描写した。「老子道徳経」にはこう書かれている。道生一、「道(タオ)が一つのものを創り出した」一生二、「その一つが二つのものを創り出した」二生三、「その二つが三つのものを創り出した」三生万物「それら三つが無数の存在すべてを造り出した」「一つ」とは究極のーなるものであり、宇宙の原初的なエネルギーである。よく知られている太極図は、陰と陽が完全な調和を保っている、合体した二つの力を表わしている 。このシンボルは、それが今にも爆発し、世界中のすべてのものを創り出そうしている様子をイメージさせる。陰と陽は分離し「二つ」になった。陰と陽は「三清」と呼ばれる三つの基本的な力を創り出した。 この「三清」が字宙の「基本エネルギーの五つの段階」を創造した。これら五つの力(五行)には、森羅万象、すなわち自らをも含めた、自然と宇宙のなじみ深い様態のすべてを生み出すだけの強力なパワーがあった。無極から生まれ出たエネルギーが、我々の生命を維持する主なエネルギーを創り出す。すなわちそれは、宇宙(天)のエネルギー、人間世界もしくは宇宙粒子のエネルギー、そして地のエネルギーである。これらの力が調和しながら作用し合って、すべてを存在させ続けている。

古代の道士(タオの修行者)たちは、人間の心身は永生を得ることができるものと確信していた。彼ら、聖なる男女たちは、自分たちの携えていた知恵を、優美な詩や伝記、そして当時の社会に対する批評、さらには修行のための秘伝として書き残している。道教史を綴った「道蔵」の五千巻は、それらを集大成したものである。その大半は未だ翻訳されてはいないものの、薄葉紙に木版で印制されたこれらの書物は、今日もなお私たちを卓越した聡明さと人間の驚くべき偉業からなる、傑出したタオの文化の探究へと、いざない続けている。古代の人々が、そのような確信をもって、これらの書物を書き記し得たのは幾世紀にもわたって、渦巻くような豊かな気に満たされた望ましい環境条件のもとで、人体の柔軟なエネルギーシステムに関する研究と実験を繰り返し続けたからであった。修練を積んだ霊的な経験主義者ともいえる彼らは、自分たちの経験と観察だけを頼りに、人体の内部に働くさまざまなエネルギーシステムと、その力の源泉である肉体内部の「原動機」、ないしは生体エネルギーの「変容器官」のありかを探り当てたのである。

道士たちは、身体とはすなわち、エネルギーが物質に変容を遂げ、その物質がまた分解されてエネルギーに変成するという、不断のプロセスそのものにほかならない、という事実を突きとめた。

 

引用文献:「氣内臓療法」マンタク・チア 著

 

 

中国政府は無神論的熱情のゆえに、気功の源ともいえる道観[道教の寺院]がほとんど破壊されてしまい、道士たちが抹殺されてきたのも事実である。ほとんどすべての道観が破壊し尽くされ、道士や入門者たちは、信仰を捨てて共産党の生産ラインに戻らない限り、生きたまま火災りの刑に処せられた。共産主義者たちに見つかった気功の秘伝書は、すべて焼き捨てられた。わずかに生き残った道士たちは、国を捨てたり、地下に潜行したり、あるいは、また日が昇るときが来るのを待ちわびつつ、表向きは共産主義者に転向したのだ。

中国共産党は産ませた金の卵を奪い取ったあとで、母鳥のガチョウを亡きものにしたというわけである。共産主義者たちが健康維持や病気予防、そしてある種の症状の治療に気功を奨励し、その有効性を実証していたとしても、中国にはもはや能力のある生徒のための高度な教えは残されていない。なぜなら高いレベルに達した老師たちは殺され、高い段階の教えが説かれている教書は焚書されてしまったからである。

しかし幸運なことに、1940年代の後半から1950年代の前半にかけて、香港や台湾、東南アジアに逃れていった中国人たちの中に、こうした高いレベルの教えが記された書物を密かに持ち出した人たちがいた。また、かろうじて東南アジアや台湾に行き着き、上級のレベルに達した道士たちもいたのである。ニクソン大統領が中国との国交回復を行い、旅行制限も解かれると、地下に秘匿されていた道教のテキストを、さらにまた持ち出すことができるようになった。

気に関する高度な教えが、すべて永遠に失われてしまったわけではなかったのである。しかし、こうした貴重な秘伝書がかろうじて遣されていたとしても、誰がこのような古いテキストを読み解くことができるというのだろうか? また誰が学者のようにこれらの古代の書体を十分に解釈することができるのだろうか? そして、それにも増して、いったい誰がこうした書物の説く意味を十分に感得できるほど、生命エネルギーのはたらきを個人的に経験し、しかもその教えのエッセンスを生徒たちに伝えられるというのだろうか? マンタク・チアは、まさにそうしたことのできる教師であり、西洋世界では、ただひとりのユニークな能力のあるタオのマスターであるといえるだろう。

マンタク・チアは幾人かの上級の師匠たちに師事している。彼らはみな、幸運にも中国から逃れ東南アジアに移り住むことができた人たちだった。またマンタク・チアは共産主義者からの焚書を免れた、数多くのタオの秘伝書を入手している。中国がいくぶん開国を行い始めたとき、地下に潜行して高度の教えと古代の秘伝書を安全に保持してきた幾人かの道士たちが、彼らが持っていたものを全てマンタク・チアに託したのである。

マンタク・チアは中国語を話すことも読み書きもマスターしており、これらの古代のテキストをすべて読みこなすことができた。しかも彼自身が生命力についての高レベルの個人的経験を積み、さらに生徒たちの体験をも同時に把握していることから、こうした古代の教えを容易に理解し、伝えることができるのである。またマンタク・チアは英語も巧みに操り、医療科学の知識も豊富でもあり、西洋人たちにとっても知的にも理解しやすく、さらに感覚的につかみやすい、巧みなコミュニケーションを図ることのできる人物でもある。

引用文献:「氣内臓療法」マンタク・チア 著

 

 

 

古来より中国では邪気は疾病の原因とされている。病的な気は、体内に毒素を蓄積し、身体はリンパ系を通じてこの毒素を排出しようとする。慢性の病的な気が存在すると、瞬、首、版簡のリンパ節は硬く腫脹を起こす。この部分を静かにマッサージすると、毒素が解放され、リンパ節は自由に機能できるようになる。病的な気が血液中に捕えられ、泡になって移動することもある。内臓にはどれも、不健康なときに特有の、ある定まった風やエネルギーが存在している。ヒーリング・タオ・システムにおける、チネイザンや各種の瞑想法によって、病的エネルギーを体外に排出することができる。

引用文献:「青本 氣内臓療法」マンタク・チア 著
 

 

紀元前2世紀に書かれたタオの医学書の古典で、黄帝によって著されたとされる「黄帝内経」には、このように記されています。「病気を治すことよりも、健康を維持していくことこそが、究極の知恵である。すでに病気が現れてしまったあとでそれを治すのは、あたかも、喉が乾いてから井戸を掘るようなものであり、戦争がすでに起こってしまってから武器を鋳造するようなものである」。ヒーリング・タオでは、毎日、自分のからだの中の内臓とつながり、内分泌腺とつながり、からだのその他の組織とつながっていく実修を続けていくことを強く勧めています。

引用文献:「タオ人間医学」マンタク・チア 著